たべもののはなし

食べることばかり考えてる

ヌタと聞いたらぬたうなぎしか思いつかなかった

「皆んなは好きなもん頼みな、俺は"マグロヌタ"が食べれればいいよ」

 

いつだか会社の先輩たちと仕事の後に飲みに行った時、尊敬する上司がこう言った。しかし私はその当時「マグロ」は知ってても「ヌタ」は知らなかった。

 

はて、ヌタ。ヌタという文字列はヌタウナギのヌタしか見たことがない。そしてなんならヌタウナギも、写真ですらそう何度も見たことはない。ドゥルドゥルのぬめりを纏い、実はうなぎでも魚類でもないらしいということだけやたら覚えているヌタウナギ

 

マグロヌタという言葉の意味を考える。ストレートに考えるならば、マグロとヌタウナギだろうか。お刺身なのか火を通しているのかもわからない、しかし恐らくは超ニッチなメニューであろう。グルメな上司ならあり得るかもしれないが珍味と称されることもなくメニューに記載されるようなものではなさそうだ。

 

では、ヌタを模したなんらかとマグロのマリアージュだろうか。これならば実現性が高そうだ。ぬめりといえば山芋?いやいや、それはマグロの山かけか…オクラのぬめりとかメカブのぬめりとかだけを抽出してマグロに…いや気持ち悪っ!!想像するだにヤバい、脳内マグロヌタの姿がどんどん輪郭を失っていく。明らかに混乱して無口にさえなっていた。

 

果たして運ばれてきたマグロヌタは、全然想像していた見た目と違った。冴え冴えとした紅色のマグロの刺身にしゃっきり緑色の野菜がクタッとまとわり、和えられていたのは酢味噌だった。ヌタって酢味噌のことなのか!

 

マグロヌタと初対面である旨を告げたところ快く分けてくれた上司。なるほど美味しい!食べ応えのあるマグロの旨味はそのままに、酢味噌の爽やかな味わいと野菜(ネギかな?)の香りが広がる。なるほど、これは確かに日本酒が飲みとうなりますな!!いやはや、いやはや。

しかしマグロはポテンシャルがすごい。お醤油もお塩もオリーブオイルも山芋も卵黄も酢味噌も美味しくいただくための要素に変える。なんでも似合うスーパーモデルみたいだ。

 

この上司にはいろんな美味しいものを教わってきた。今でも印象に残っているのは、北京ダックである。なんらかのお祝いでチームで上司オススメの北京ダックを食べに行った際、前菜からスープから、もちろんメインの北京ダックまであらゆるものが美味しいの上限を超えてくるような味わいだった。パリパリな皮につけて食べてみなと勧めてくれたのは、なんとお砂糖。これが忘れられない。甜麺醤と皮でしか食べたことのなかった北京ダックにお砂糖。不思議と違和感はなく、むしろなんだかとても贅沢で優雅で味わい深いパイの様なお菓子を食べているような不思議な気持ちになった。よっぽど美味しそうな顔をしていたのか上司は笑ってくれていた。

 

職場の人に美味しいものを教わるたび、むかし学生時代に坂東玉三郎氏が授業に来てくださったことがありその時の言葉を思い出す。

 

「優れた感覚を養いたいのならば、美味しいものを食べるのが一番です。本当ですよ」

 

技術屋である職場において、先輩たちはどなたも尊敬して止まぬ。彼らと食をともにし、好きな味覚を勧められるたびにその技術と一緒に坂東氏の言葉を思い出すのである。あらゆる感覚に鋭敏であること、その一番命に関わる入り口である味覚を尊ぶこと、なるほど理にかなっていると思うものだ。

 

マグロヌタは美味しかったが大好きと言えるほどまだ食べてない。代わりに今回は上司たち大好きと記す。