イカ、銀色の生命
イカに驚いたふたつの思い出は今も鮮やかである。
ひとつは、初島に行った時だ。
初島というところは、熱海から高速船で約30分のところにある小さな島である。行ったのはもう15年ほど前になるが、ビーチではなく船着場で泳ぎ、海沿いの民宿の食堂でお昼を食べ、まるで育った地元に海がある子どものような気持ちになって嬉しかった記憶である。
さてその初島、名物が明日葉とイカだった。明日葉はかき揚げになって出てくるが、イカはそれぞれの民宿に水槽がありそこの中を泳いでいる。そのイカを、お刺身で頼んだ。
すると出てきたお刺身は、なんと動いていた。
新鮮なのに加え、ご主人の素早い包丁さばきの腕により、まだイカが料理されたことに気づいてないかと思うくらい動いていた。
「ワ、ワワ〜〜〜〜!!!」である。
恐る恐る食べてみたら、美味し・・・すごく痛い!ゲソが口の中にひっついてはっついて痛い!!!ものっすごい吸引力なのだ。イカ!!痛い!!痛いよ!!でも君はもっと痛かったね!!!待って痛い!!!!となりながら一生懸命食べた。両親は笑っていた。
あの日のイカのお刺身と船着場で泳いだ時に見た豪勢なイソギンチャク、青そのものの姿みたいなルリスズメの群れたちは今も思い出す夏の景色だ。
もうひとつは、中学校の職業体験の時の話。
私の通っていた中学校では職業体験の授業があり、会社やお店などに1週間お世話になって社会というものに触れる経験をさせてもらえた。その授業で、どういう巡り合わせか、私は魚屋さんにお世話になることになったのだ。
大変厳しくも優しい魚屋さんで、毎日魚のことを習い、捌き方を教わり、店頭で魚を売り、「社会ってのはよ」という話をたくさんしてくれた。中でも捌き方というのはすごくて、魚屋さんの包丁で、魚屋さんがやる切り方を教えてもらえたのは今でも感謝している。
初日はアジ、そして2日目はイカだった。
まな板の上にドゥンと置かれたスベスベのイカ。それまでイカをさばいたことなんてなかった私である。対峙し、思ったよりも大きくて目が怖くて感動していた。胴体のところに、「中身を傷つけないように」と言われながら優しく包丁を入れていく。中身?言われるがまま包丁を入れ、頭のところを二本指で掴んで、
ズルゥン
そこで現れたイカの内臓を初めて見た衝撃よ。およそ想像もつかなかった茶色いワタは、銀色の膜に包まれてキラキラ、キラキラしていた。イカよ、君は体の中にこんなに美しい銀色があることをきっと知らずに生きていたのだぞ、と思って泣きそうになった。
そのあと皮をはいだり墨袋を外したりするのだが、薄皮の下は本当に透き通るような白、逆に墨は本当に邪悪な黒で、なんと美しい生き物かと思った。
「イカは新鮮なうちがいいな!休んで、食ってこい!」と、パック入りの白いご飯をいただいた。たった今さばいたイカはびっくりするほど美味しくて、イカって美味しいんだなという思いと、こんなに美味しいお刺身を作れたんだなという自信がついて楽しい日だった。以来、イカは食べるのもおろすのも大好きだ。優しい大人と海の恵みに今も感謝である。
イカ、大好き。