たべもののはなし

食べることばかり考えてる

桃とモッツァレラ

桃、つくづく愛らしい。店頭に並び始めるとすぐに気づく。優しい丸み、色味、うぶ毛、香り、脆いことがわかる佇まい。たったひとつそこにあっても独特な存在感を放つ、美しさに心を奪われる。

 

果物そのものの魅力はもちろん、あまりにも浮世離れしていてファンタジーやSF作品で描写される、地球にはない食材がやたら美味しそうに映るのと近い感情が湧く。

 

俗界とは異なる世界を桃源郷というが、例えばこんなにも美しい果実が数え切れないほど実っていて、そんな木々に囲まれて、あたりは甘い香り、なんて、そりゃそんなの現実じゃないなと思う気持ちもわかる。家の冷蔵庫にあるだけでも異世界みたいな気がしてくるのだ。私が生きるのは、こんなに不思議な雰囲気を醸す果物が手に入る世界でいいんだっけ?と。

 

さて桃モッツァレラである。初めて食べたのは誕生日祝いに家族が連れて行ってくれたレストランだった。

 

メインの肉料理を一通り読んで悦に浸り、ふと前のページを見るとそこには見慣れない組み合わせ、「桃とモッツァレラのサラダ」の文字。今でこそ良く見るようになったがその頃はまだそんなに知らない組み合わせだった。

 

美味しいと美味しいを合わせるとより美味しい論者なのできっと桃とモッツァレラもたいそう美味しいに違いないと感じたのでねだって頼んでもらった。

 

やってきたサラダ。本当に美しかった。完熟した桃の薄いピンクとモッツァレラの底なしの純白、だけじゃなかった。オレンジ色の照明を受けて恍惚と輝く黄金色のオリーブオイル、花を散らしたようなレッドペパーの実、刻まれた新鮮なミントの鮮やかな緑。

 

一口食べて悶絶。桃の味わいと柔らかさが、近しくも全く異なるモッツァレラの食感と呼応してより一層の香しさ。溺れてしまうかと思うほどジューシーな桃ときめ細かいモッツァレラにレッドペパーの歯ざわりが軽妙。香り高い食べ物たちをオリーブオイルとワインビネガーが"お料理"に昇華させている。

圧巻だった。圧倒された。

 

そこは肉料理やさんなのだが、お肉の選定や火入れだけでなく野菜の扱いもパスタのつくりも極めてセンスが良かった。どれを頂いても本当に美味しいお店だった。

 

しかし私はあの夜、桃モッツァレラに撃ち抜かれてしまった。今もあのお皿を出された瞬間を忘れられない。夏、それも桃が熟しきる盛夏に生まれたことを心から嬉しく思ったものだ。

 

桃モッツァレラ、大好き。