たべもののはなし

食べることばかり考えてる

イワシとめんつゆ二倍に薄めたやつと生姜と梅干しを一緒に入れて弱火にセットするんですよ〜〜

人間関係が希薄になったなったと叫ばれて一体どれほどになるのだろう。

 

そのような昨今において、初めましてのあとに続いて関係性を深められるのはもはや奇跡のように思う。ネットの発達によって人々は出会いやすくなったと言われるが、容易になったとて出会いの価値は変わらない。袖摺り合うも他生の縁、リツイートで見かけるも他生の縁、このブログを読んで下さるのも他生の縁、ありがとうございます、である。

 

前置きが長くなった。このように出会いや人間関係というものをより深めるときになされる質問、それがこれである。

 

「趣味ってなんかあったりしますか?」

 

例えば仕事の関係で巡り会ったのちにしばらくの間話をすることになったときや、友人の友人に会うときの自己紹介、なんなら長年の友人から「そういえばなんか趣味とかあったっけ?」みたいな突然の爆撃を受けることもある。

 

…趣味や特技について聞かれるといつもなんとなく困る。

そりゃ仕事だけしているわけじゃない。でも、本当に幸いにしてずっと好きで続けていることは仕事になったし、自分の中での立ち位置を仕事としてカウントしたいので趣味と言うにもな、という思いがある。でも仕事が趣味ですと言うのは寂しい。

 

興味を持って手を出したものは少なくないが、継続は伴わない。例えばカメラとかは何年おき、くらいの単位でつかず離れず楽しんでいる。が日常的に携行や投資をしているわけではない。

 

そしてだいたいお察しかと思うが私はキラキラ系ではない。アウトドア系、無。友人と集まってイェーイ系、無。タピオカ、カフェ巡り、tiktok、タグ満載のインスタ、無。

 

料理やホットヨガや紅茶や読書があるじゃない、と言われたことがあるので無難にやり過ごすためにそれらを答えることが大半だ。

どれも楽しんでやっているがしかし、料理は栄養を適切に摂取しながら生きるためだし、ホットヨガは酷い肌荒れを代謝を上げて治すため、紅茶は業務時間をティータイムに組み込んで楽しくするカラクリ、読書はあまりに無知な自分へのコンプレックスからくるもので、決して余暇を楽しむつもりで挑んでいない。むしろ不可欠な必需品である。

 

そう、余暇。なんて素敵な言葉だろう。意味はもとより、よか、という響きも大好きだ。

 

私の思う趣味は、こうである。

 

生きるために絶対必要かと聞かれればわからなくなる瞬間もあるが、生きるというより生き生きするのにとても大きい役割を果たしてくれて、ある程度継続してて、ある程度定期的に取り組み、ある程度お金も払う(多寡は問わない)。

そして何より楽しい!改良への工夫も自発的に凝らしたくなるが、それすらも楽しい。

 

そんなイメージだ。趣味って。そりゃよく知らない相手のそんなもの、めっちゃ知りたい。単純な興味としてはもちろん、もし近しかったらより仲良くなれる。

 

さぁ。その観点でいうと私は何かなって言うと、本当に、あの、お恥ずかしいくらい地味なんですけど、タイトルにもあるのですが、その…イワシを…イワシを麺つゆと梅干しで煮て、食べる、ん、ですよ…。

 

仕事帰りの夜遅くに帰路のスーパー。ふと立ち寄った鮮魚コーナーに置かれたイワシ二尾。ただでさえビックリするほど安価なイワシがさらに割引になっていて、オイオイ大丈夫?ってくらい安い。確かな技術の漁、迅速な運送、適切な商品管理の末に、ピッカピカのいわし。それを買ったのが全ての始まりだった。

 

体質的に夜にタンパク質を摂るとすごい元気で起きていられるのだがお肉もなぁというときに舞い降りた天使、ならぬイワシ。その身は柔らかく、内蔵の処理は手でできてしまう。水族館で見かけるイワシは大群で、とても近づける気がしない。海なんてもっと荒い波に揉まれる中で、もっと大群だろう。そんなの信じられないくらい繊細だ。

 

実は普段あまり馴染みがなかった食材なのだが、昔祖母が作ってくれた梅干し煮は美味しかったなと思い出し麺つゆと梅干しと生姜チューブと共にフライパンに入れ火にかけた。中弱火で熱しながらその日の弁当箱を洗ったりなんだりして、おっと、とフライパンを開けると…

 

たちまち広がる、えもいわれぬ出汁の香り。麺つゆの匂いだけではない。イワシの脂とタンパク質、梅の爽やかさ。立ち上る湯気の向こうに、十分に火が通り身が反ってしまったイワシがあった。

 

お味は、言わずもがな…疲れた体に染み渡る、これぞ栄養。舌で感知できるほどのイワシの旨味、慣れ親しんだ麺つゆの風味、酸味がまろやかに取れ出汁をたっぷり含んだポテポテの梅干し。すんでのところで理性が勝ち白米は諦めたが、あれは今思うと奇跡だ。そもそも安く買えたことへの喜びがある。ささやかな勝利への欲求も満たされてしまった。私はすっかり癒され、虜になってしまった。

 

その夜以来、帰りのイワシトロール常勤となった。ありがたいことに大体ある。買う。処理する。フライパンで煮る。食べる。ウマー。元気。のサイクルはもはや愛おしい。麺つゆの濃度や生姜の有無など試す心の余裕もある。美味しくできると嬉しい。そこそこ継続してるしイワシサイクルを回すたびに心身ともに生き生きする。

 

したがってこれが今の私の一番の趣味だ。趣味について語ると饒舌になるのはよく聞く話だが私もその例に漏れず。

しかし悲しい哉、大体予想がつくがこの趣味に対する反応は「なにそれ!?」か「ふーん」である。ビビられるか終わるかである。なのでこんなに楽しませてくれてるイワシたちには本当に申し訳ないが、用途によって不可欠な奴らを申告する方が多い。

 

まぁ、色っぽい言い方をすれば、大人には人にわざわざ言わない趣味がひとつやふたつ、 あったっていいよね。

例えそれが、イワシの梅干し煮であっても。

 

イワシの梅干し煮、大好き。